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FLIER in Dark and Sensitive Room, Hours from Dawn to Dusk till Dawn

デリケートな空気

 僕は自分の技能を活用して、我々の顧客商売に必要な材料を同業者にプレゼン
して売りさばくという副業を持っている。すなわち僕の顧客は髪の毛のスタイ
リングを必要とする一般のお客様と、それを提供する側の美容師双方に渡って、
広く分布している。

 同業の美容師に対する、商材のプレゼンテーションという作業は、とてもデリ
ケートな空気感を孕んでいる。と言うのは例えば、、

「このパーマ液はとてもウェーブの効率が良いのです。」
「お客様の毛髪にとってメリットのある成分がふんだんに配合されています
ので、あなたはいつも通りの施術を行うだけで、きっと貴店メニューの
グレードアップが見込めます。」

と言った具合に、口だけでどうのこうの言って売りさばけるものなら苦労は無い
しまた、わざわざ僕のような現場仕事人が提案する意味も薄くなるのである。
だから、そこに仮想サロンを設定し、仮想のお客様(モデル)を調達し、実際に
施術のデモンストレーションを行う事で受講者の方々は現実的にその商材を自分
のサロンに取り入れる事のメリットを感じて頂く、というのが我々の目的なので
ある。

 この、~仮想のお客様に対するデモ、と言う行為が先ほど言ったデリケートな
空気感を孕む行為だと言う事なのだ。

 どうデリケートなのか…

 例えばパーマ薬液のデモであれば、モデルの頭髪のあらゆる部分に、パーマ
をかけるためのロッドを巻きつけると言う作業は欠かせない。ある部分は密に
巻き、そしてある部分は凄く分厚く取った毛束に一本だけ巻いてみたり、要する
にメリハリのあるデザインを完成させ、その場で出来上がった仕上がりスタイルが、

少なくともそのパーマ液の他とは違う存在意義を補完するようなものでなければ、
そしてそれが広く平均的な美容業従事者から見て納得できる物でなければ、
全く時間のムダになるのである。

 ところが必ずその受講者の中にいる10数%の人たちは、自分が長年やってる
やり方とは違って見えるその途中経過のテクニックに対し、自分が何らかの優劣
をジャッジされでもしたかのような違和感を感じるのだろうか、時にそれを質問
として投げかけて来る事がある。

「そんないい加減な巻き方じゃ、均等にかからないし弱すぎるのでは?」

そんな時の僕の即答はこうなる、、

「あなたはお客様が、常に頭全体を均等にくるくる巻きにして貰いたがってる
と考えておられる訳ですね、今からそれについて提案させて貰っても良いの
ですが、今日のテーマであるこのパーマ液の能力についてのお話から逸れて
しまうので、又の機会にでも、皆さんで焼き鳥でも食べながら語りましょうで
はありませんか。」

また別の受講者の方は

「自分のサロンでは、年配のお客様が多いので、そんな巻き方は中々受け入れ
られないかもしれない…」

とかも言ってこられる時がある。
これに対しても僕の即答はこうだ、、

「あなたのサロンでは、年配のお客様と言われる方々を実年齢でグループ分け
なさったりしてるのですか?」
「というか、例えば62歳、とか言う年齢はそのグループに入りますか?」

 流石にこのままの文語をぶつける訳ではない。その場の皆さんの顔を
一人飛ばしで順番に見るようにしながら、優しくユーモラスに提言する
訳である。

 これによって、僕自身が何も先達者面をしてあなた方の上から、何かを
与える為に来た訳では決してなく、あくまで同業者として、日々の仕事の
マンネリに起因した様々な「数値」の低下に対して、このような対処方法も
試して見られては如何でしょうか、という事を伝えに来たのだ、という意志が
伝われば、そのプレゼンテーションにおける僕の使命の99%は果たされたも
同然なのだ。

 ところが何年にも渡って、月に一度くらいのこのような仕事をこなしていると
こんな「デリケートな空気感」という物を正確に掴みきれないまま、半分ほど
もの講習プロセスを進めてしまう事が、稀におこってしまうのである。

 終盤に差し掛かってそれに気付いてももう遅い。御来場の方々が、僕が代表
して背負ってきたその看板であるメーカーの商品に対して、どのような感情を
持ち、そしてどのように今後扱っていくのか、その全ては受講者の皆様の自由で
あり、どのように無視する事も自由なので…

 だからそのような感覚に対して、常に自分が公平であれるように、たまには
他所で同じような目的で開催されているデモンストレーション講習に、自分が
受講者として参加する事もしなければならない。

 そんな折に訪れたセミナーでの話、

 それはある美容薬剤メーカーがリリースした、ヘアーカラー用薬品の発表会
だった。デモンストレーターとして登壇したのは、東京のある美容室激戦区で
サロンを運営する30代の美容師とそのアシスタントだった。そして4名
ほどの男女モデルに実際のヘアーカラーとカット施術を行い、その仕上がりに
よってヘアーカラー剤の特徴的優位性を説明するというような趣旨だった。

 その講師である彼、ある程度正しい日本語のため、第一印象は僕にとっても、
良いものではあった。
 しかしその、自分が何処でどのようなサロンを運営してると言う事についての
説明が、少々長すぎる事から始まった、その日の主題から外れた、様々な四方山
話(例えば自分のサロンがどれ程芸能人の顧客をかかえているかとか、)のしつ
こさに、10分経過した後から徐々に僕は不快になりそうになった。

「あなたのサロンに来店なさってる吉本芸人の何某と、今日、我々が見に来た
ヘアーカラー剤は直接的にはそれ程関連しないように感じるので、その部分は
もういいです。」

 こんなクレームを僕は気分の中に抱えながら、それ以降の講義を聞く事になり
そうだったのだが、何分相手は30代中頃の男の子、、なので、広い気持ちで
自分をリセットしておいた。

 しかしそんな此方の心理を知る由も無い彼は、更にそのセミナーを迷宮に
誘い込み、受講者の皆さんに普段の仕事とは違った種類の疲れとストレスを
与えるに至ったのである。

 彼は、自分が技術関連の何かの提案とも取れる発言をした際、受講者の
瞬間的なリアクションをとても気にしていた。例えばその内容は、今我々は
ヘアカラーの話をしてると此方が思い込んでいたら、突然クレーム客の
対処方法に関する提言が飛び出したり、そうかと思えば、今度はある特定の
ファッション雑誌を引き合いに出して、サロンのほとんどのお客様がその雑誌の
読者である事を前提としたような、ヘアースタイリングのテクニックみたいな物
に話が及んでみたりと、とにかくまとまりの無い美容室カオスについて、何かを
提案したがっているのである。

 その内容は断片を取り上げてみると、それなりに面白い要素について語って
いるのは分かる、しかしどうにもこうにも話に脈絡が無いので振り回される
のである。

 彼は日本でも有数の商売激戦区において、数年間自分のサロンを栄えさせて
来たという自負もあるのかも知れないが、それ以上に、地方で商業を営む
受講者の皆様に、少しでも多くの有益な情報を無償で提供してあげようと言う
もの凄く心優しい青年なことは確かなのだ。

 しかしもう、内容が支離滅裂なのである。

 彼は、自分が発した一言一言の度に、会場が沸き上がらない事に、とても
責任を感じていた。

 そのため彼は序盤から、内容の合間合間に、全く笑えないジョークを挟んで
きた。それでも特に反応を示さない会場に対しても、彼は打たれ強かった。
完全に間違った部分で、彼は自分の10数年の客商売キャリアを生かして
乗り切っているように見えたのだった。

 やがて彼は、最前列に座っている僕の席付近にだけ聞こえるような声で、こう
言ったのだった、

「僕のキャラクターは此処には合わないかも…」



 僕はこの彼の事が嫌いではないと言う事を前提に言って、彼はその場において
激しく全てを勘違いしていたのだ。

 僕は心の中で呟いた、

「あなたのキャラクターはね、僕はガシッと抱擁したいくらいに大好きですよ。
だけどね、そのキャラクターは、あなたがいつの日か自分の名前を冠したヘア
ショーなり何なりを開催した時にネ、発揮なさると良いんですよ。
でも今日だけは違うんです。会場が盛り上がらないのは貴方のせいでも我々のせい
でも無いのですから、と言うより盛り上がる必要が無いのです。解りますか?
このヘアカラー剤とそれに関連する情報について、少なくとも今日この商材を
始めて目にする我々より、貴方の方が良く知ってるという大前提を、ここにいる
全員がとりあえずは受け入れているから、皆さん受講してるんです。だから貴方は
その情報を出来るだけ大量に提示してくれさえすれば良いのです。」

「ほら、さっきカラー剤を塗布し終えたモデルさんを御覧なさい。施術の最中に
貴方がつまらないジョークばかり言って、髪の毛を梳かし過ぎるから、すっかり
薬剤が移動してしまって、ろくろく発色して無いじゃないですか。あの分じゃ
あと30分放置したとしても、ろくな色は出ないと思いますから、速攻で薬剤を
再塗布なさった方が良いですよ。」

「それから貴方のアシスタントさん、さっきから向こうのロングのモデルさんに
30分近くずっと、カールアイロンをかけ続けてますけど、モデルさんの不安
そうな表情、あなたチェックしてますか? あのまま放っておいたらナチュラル
系のファッションを装った彼女にとってはきっと、見た事無いようなキャバ嬢
ヘアーが完成してしまうと思いますが、大丈夫ですか?」

「ほら、気を取り直して軌道修正して、、終わり良ければ全て良し、とも言う
じゃありませんか、、」



とは言うものの、その時の彼には、突進したり修正したりするべき軌道、という
ものの実体さえ見えていなかったようなのである。

「お決まりのモツ鍋とラーメンくらいでは、とても今晩の彼の気分を慰める事は
出来ないだろうな… 福岡の事が嫌いになっていなければ良いのだが…」

 とまた僕は呟いた。

デリケートな空気_f0006218_1864546.jpg

三銃士


by flierone | 2010-04-09 18:08