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FLIER in Dark and Sensitive Room, Hours from Dawn to Dusk till Dawn

途中下車してやった事…

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 ある日、途中下車をした。

 途中下車をするためには、まず公共の交通機関に乗らなくてはならないので
久しぶりに電車に乗った、と言う事の方が先なのかも知れないが、それは
どちらでも良い。
新しい駅舎の建設を間近に控えているらしく、あらゆる部分が壊れっぱなしで
極最小限のメンテナンスしか成されていないように見える古い駅舎だった。
気が向いて途中下車したからと言ってそう都合よくは、テレビで見るような
発見などは勿論の事、その周辺にも特に見るべきもの等は何も無く、本当に
無駄な時間の浪費に思えた。

 その日、半端な時間に起床し、半端な時間にコーンスープを飲み、半端な
時間に出かける準備をして家を出た我々は小腹が空いていたので、目に留まった
定食屋に入った。

 その定食屋、と思い込んで入ったお店はれっきとした料亭であり、自分の店の
構えと料理にこだわりを持つだけでなく、迎える客の雰囲気にもこだわっている
ように感じる店主がやっている店だった。と言うのは、食材の事やそれを頂く
作法に関しての様々なメッセージを達筆な書によって色紙にしたため、店内の
要所要所に何枚も張ってあったからだ。
どんな食材が、どんな季節に旬を迎えるのか、そう言う事は僕たちの知った事
じゃない。そんな事の全てをお任せして、僕たちはおいしいとこだけ頂く為に
代金を支払ってる訳だ。
言いたい事があるなら自分の店の従業員に、仕込みの最中にでも言えば良い。

 そしてテーブルについて直ぐに我々は、「お昼のお食事~¥3.000」という
ただ一つの選択肢しか無い事を知った。

 一人前が¥3.000の昼定食を事も無げに注文する事は、我々の間で決して
ルーティンとは言えなかったにも係わらず、どういう訳か連れの相手はその
選択肢を受け入れるかどうかに関して、その決断をことさらに無言で僕に
ふってきた。そんな訳で本来、豚のしょうが焼き定食かなんかを食べてから
30分後くらいの電車に乗って当初の目的地に向かう筈が、少々の予定変更
を余儀なくされた。

 そのお食事は大まかに四つに分かれていた。
 各種海産物の酢の物と魚のお造り、旬の野菜や鶏肉を炊いたり揚げたりした
小鉢八種類が入ったお重、魚の揚げ物を出汁に浸した一皿、そして最後に味噌汁
と山菜の炊き込みご飯、の順番で出てきた。八種類の小鉢の段階で三本目の
中瓶ビールに突入した我々は、そもそもその日、どんな理由から電車に乗った
のかと言う事を早くもある程度忘れてしまっていた。

 魚の揚げ浸しくらいのセクションであまりに腰の落ち着いた我々のところに、
店主が話しにやってきて名刺を出し、本名の下の名前が「徳右衛門」という
古めかしい名前である事が分かった後、僕の連れがそれを「ドラエモン」と呼ば
わった事を彼が大笑いして受け入れてからというもの、更にそのテーブル
にビールが運ばれてきては、店主も入って盛り上がりの酒宴という様相になった。

 彼は大昔の修行時代に京都で懇意にしていたと言う寺の和尚と、食について
語った様々な内容を本にして、数年前に自費出版していた。それを一冊貰ってから
小脇に抱えて店を出た。二時間三十分程もの間、ゆっくり食事した計算になる。

 結論を言うと魚は、福岡に住む我々にとっては何処ででも手に入る取るに
足らないモノだったが、この値段なら仕方が無いとしてその他の食事に関しては
この上ない上質な物であり、素晴らしく絶妙な味付けだった。そしてこれなら
安い代金だったと満足して、何のためらいも無く上機嫌で家に引き返すための
下り電車に乗った。

 最近益々、大切な事は成り行きからくる偶然の中にしか見つからないように
感じてしまうこの頃なのだった。

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by flierone | 2009-10-04 14:24